2014年8月16日土曜日

今年はちょっと違う感じの終戦の日、8月15日

久しぶりの更新になってしまいました。この先は、また小まめに更新をしたいと思います。

毎年、終戦の日が近づくと、戦争の事を考えさせられる、振り返る報道が増えます。また、その事と現在の国際関係とを重ねるような特集や問題提起も増えます。それから、戦争体験者の高齢化についても問題視して、言いっ放しです。いつもの事です。

近年、特に中国共産党が不穏な動きをしているせいもあり、日本の国も相対的な変化を起こしている中で、いつもの行事がそれまでとは違った捉え方をされ始めているようです。
 それは当然の事と思います。中国共産党は明らかに侵略国家ですが、これに世界は誰も異を唱えられません。平然とビジネスパートナーと認識しています。
 公(おおやけ)に中国の公人が、「こちらの言うことを聞かないならば、日本に原爆をまた落とす」と発言していてもです。これ程までにビジネス優先の姿勢は、私個人としては理解ができません。秩序を乱し、平和を乱す者を区別することは、悪いことなのでしょうか?理由があって、「あの人と付き合うのは嫌だ」と、言えば、それは「差別」なのでしょうか?

今、また新たな時代を迎えようとする中で、これまでの概念をどう変化させて行くかは、非常に労力の必要とする事でしょう。個人の考えを変えようとする時も、相当なショックや犠牲を伴わなければ受け入れられない事が多いのですから、社会全体の意識を変えるとなれば、尚更かもしれません。

「非暴力・不服従」をもって、平和的にインドを独立に導いた事で有名なマハトマ・ガンジーの言葉を思い出します。大国の7つの大罪を糾弾しています。

・原則なき政治
・道徳なき商業
・労働なき富
・人格なき教育
・人間性なき科学
・良心なき快楽
・犠牲なき信仰

これは今も昔も変わらず、いえ、今はもっとひどくなっているように思います。人間社会に対する名言だと思います。
 これからの社会にはやはり哲学が必要なのだと思います。価値の再構築を真剣に考える人(公的及び私的な機関)が必要だと思います。

このまま利己的行動が続けば、世界人類はもう、持ちこたえられないのではないかと考えたりもします。